来日したムヒカ前大統領は日本人に何を語ったのか?


Photo by Embajada de los Estados Unidos en Uruguay

4月5日から本日12日まで日本を訪れていたムヒカ前大統領。彼は日本を見て何を感じ、日本人に何を語ったのでしょうか?詳細は以下から。


「世界一貧しい大統領」として知られるウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領。2012年のリオ会議での歴史的なスピーチを始め、貧しい家庭に生まれ、ゲリラとして戦い、2年間井戸の底に投獄された後に大統領となった数奇な経歴と、自身の経験から生まれた鋭い洞察力と慈愛に満ちた言葉は世界中で熱烈な歓迎を受けています。

BUZZAP!ではこれまでもムヒカ前大統領の言動を数多く取り上げて来ており、現在も「世界一貧しい大統領」と呼ばれたムヒカ前大統領の日本人へのメッセージが素晴らしすぎる | Your News Onlineの記事は6000回近くシェアされ、ぶっちぎりで人気記事ランキングのトップを独走しています。

そのムヒカ前大統領は今年の4月5日から本日12日までの予定で初来日を果たし、東京から京都、広島などを回り、講演やサイン会などを行い、いくつもの取材やインタビューに応じています。いったい彼は日本で何を見て何を感じ、そして私たち日本人に向けて何を語ったのでしょうか?まとめてみます。

◆東京都千代田区での記者会見
ムヒカ前大統領は4月6日に『ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領』の発売を記念して記者会見を行っています。日本政府が憲法解釈を変更、他国を武力で守ることを可能にした安全保障関連法を制定したことについて「憲法の解釈を変えたのは、日本が先走って大きな過ちを犯していると思う」と批判したことが報じられましたが、それだけに留まらず、パナマ文書に名を連ねるような富裕層による富の独占をも批判しています。

「“私たちは今幸せに生きているのか”ということを常に考えることです。私たちは多くの富を抱え、科学技術が進歩した時代に生きています。150年前と比べて人間の寿命は40年も伸びた一方で、軍事費に毎分200万ドルもかかるようになり、世界で最も裕福な100人ほどが人類の富の半分を所有するようになってしまいました。こうした不均衡を作りあげたルールが支配する世界になっています。若い人には私たちの愚かな過ちを繰り返さないでいただきたいです」

「私は修道士のように生きろと言っているわけではありません。富に執着するあまり絶望に駆られる人生を送ってほしくない、ということです。ささいなことではあっても人間にとって本当に重要なもの、たとえば愛であったり、子どもを育てることであったり、友達を持つこと、そういうことのためにこそ人生の時間を使ってほしいと思います。生きていること自体が奇跡なのですから」

「世界一貧しい大統領」ホセ・ムヒカ来日 経済格差を「愚かな過ち」と批判 - 新刊JPニュース



◆東京外国語大学での講演「日本人は本当に幸せですか」

4月7日に東京都府中市の東京外国語大学で「日本人は本当に幸せですか」とのテーマで学生たちに向けて講演を行いました。

ムヒカ前大統領は「より良く生きること」を重視。「過剰な消費生活を見直し、市場にすべてを任せない節度が求められる」として、消費主義一辺倒であることを省みる必要があるとしています。

また、日本の若者の投票率の低さに対しては「民主主義には限界があるが、社会を良くするために君たち若者は闘わなければならない」と語っています。貧しさについては「貧困は、過剰に物を求めることから生じる。私は貧乏なのではなく、質素が好きなだけ」として「エゴイズムにブレーキをかけ、世界の人々と共に助け合おう」と述べています。

また、若者に対してパナマ文書を引き合いに出し「自分の資本を増やすためにだけ、いろんなタックスヘイブンを使ったりしてお金を動かしている人」を挙げ

「みなさんのような若者は、こういった状況に対して闘わなければいけません。こういった非常にバカげたこと、悲惨なことを止めるために何かしなければいけません。」



として「闘うべきである」ことを強く主張しています。

この講演の全文書き起こしをログミーが掲載しているのでリンクを張っておきます。スピーチから質疑応答まで、全てが極めて示唆に富んでおり、特に若い人にはじっくり繰り返し読んで欲しい内容となっています。

世界で一番貧しい大統領ホセ・ムヒカ氏が来日講演会で語ったこと - ログミー

なお、ノーカットの動画がアップされていますので、お時間のある方はこちらも。

ホセ・ムヒカ講演会「日本人は本当に幸せですか?」【ノーカット】東京外国語大学2016.04.07 - YouTube


東京新聞 「社会を良くするため若者は戦え」 ムヒカ前大統領が東京外大で講演 社会(TOKYO Web)

◆自ら強く望んだ広島訪問
「わたしは、日本に来て、広島を訪問しないことは、日本の歴史に対する冒とくだと思います」とまで述べて熱望した広島への訪問。4月10日にムヒカ前大統領は原爆ドームを訪れ、その後広島平和記念資料館へと足を運びました。

「原爆を作った男は、非常に頭のいい男でした。原爆を作ることで、どういうことが起きるかわかっていました。でも、自分自身にブレーキをかけることができませんでした。人間は、ばかげたことをするものなんだ。科学には、まだ多くの使命が残されているが、倫理観が欠如すると、悲劇を生むのです」

ウルグアイのムヒカ前大統領、熱望していた広島県を視察



また、東京に戻った後、最も印象に残った場所を訪ねられて広島だと回答。

「科学が、人間にどんなに悲惨なことを教えるかを知った。そして、道徳観、倫理観のない科学がもたらす悲劇も知った」「この世の中には、人類が決してやってはならないことがあると、将来の世代は気づかなければならない。なぜなら、この世の中に生きている動物の中で、同じ石につまずく動物は人間だけだからだ

ムヒカ前大統領、来日中最も印象に残った広島訪問 - 社会 日刊スポーツ



この地球上で最も繁栄している知性だと自負する私たち人類を「この世の中に生きている動物の中で、同じ石につまずく動物は人間だけだ」と鋭く見抜く一言を、私たちは無視することはできません。

◆NHKの単独インタビュー
東京に戻ったムヒカ前大統領はNHKの単独インタビューを受け、格差社会についてこう語りました。

「富裕層への富の集中が進み、これ以上ないほど豊かな人がいる一方、取り残される人たちが先進国でも増えている。そこに向き合うべきは政治だ。不公平をそのままにすれば争いが生まれてしまう」

「最先端の社会であっても多くの人々が孤独という問題を抱え、日本でもたくさんの高齢者が孤独だ。どうこれを正していくか、簡単ではないからこそ国民が政治的に闘う必要がある

「世界で一番貧しい大統領」政治主導で格差解消を NHKニュース



繰り返し立ち現れる富の集中による格差と貧困の問題。そしてここでもムヒカ前大統領は国民に対して「政治的に闘う必要」を主張しています。自らが長くゲリラとして闘い、長い投獄という苦難を経てもなお勝利をつかんだからこその言葉と言えそうです。

◆ムヒカ前大統領は日本人に何を語ったか?
まず、誤解してはいけないのはムヒカ前大統領は「物質に執着しすぎるな」とこそ言っていますが、決して清貧の思想などを語っているわけではないということです。

ムヒカ前大統領への「世界一貧しい大統領」という呼び名を思い出してみましょう。本来、大統領という極めて地位が高く、収入も多く、富裕層とのコネクションも豊富な立場にいながらも、ムヒカ前大統領はそうしたライフスタイルにNOを突きつけたわけです。

つまり、ムヒカ前大統領が自らの生き様をもって批判しているのは「余りにも多くを持ちすぎている富裕層」です。これは来日した際の複数のスピーチの中でも明確に示されています。彼は一般国民に清貧の思想を説いているのではなく、むしろ物質に執着しすぎ、格差や貧困をはじめとした諸問題に向き合うこともせず、単に自らの資産を増やすことにのみ躍起になっている、パナマ文書に名の上がるような富裕層を批判しているのです。

そして一般国民に対しては、肥大化した資本がこれでもかと私たちを取り込もうとする大規模消費社会に巻き込まれないようにと警告を発します。そして、不均衡な状況を変えるために政治的に闘うべきだとしています。ムヒカ前大統領は「何かあなた自身を幸せにするものを探してください。ほかの人を幸せにすることを考えてください」とも述べますが、その自分自身や身近な人を幸せにするためにも、闘わなければならないことは言うまでもありません。なぜなら既にそうした状況が目の前にあるからです。

いろいろな方向から、多くのことについて語るムヒカ前大統領ですが、その芯には確実にブレない部分が存在しています。ちょっとした言葉の端々、ひとつひとつのディティールの中にもそうした芯は存在しています。一度だけでなく、折に触れて彼の言葉を何度も読んだり聞いたりしてみると、より深く彼が何を語ろうとしたのか、じっくりと染みこんでくるのではないでしょうか。

(Photo by Embajada de los Estados Unidos en Uruguay

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