グレタさんをツイッター上で揶揄してファンらから眉をひそめられている野口健さん。過去の言動を調べてみると、なかなかに筋金入りの人物である事が分かりました。詳細は以下から。
◆環境保護活動家で登山家の野口健さんがグレタさん揶揄で炎上
エベレスト清掃登山などの環境保護活動でも知られる有名登山家の野口健さん。福島第一原発事故の後には火力発電を増やすと温暖化が進むとして原発再稼働を容認するなど、温暖化を憂慮する姿勢を見せていました。
TIME紙の今年の顔にも選ばれた16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんはご存じのように温暖化対策を世界の首脳らに向けて強く訴えており、野口さんとは少なからず志を同じくするはずでした。
ですが12月12日、野口さんは自身のツイッターで彼女が電車に乗っている写真に対して「あれ?電車に乗っていらっしゃるのかな?飛行機が×という方はもちろん車も×だろうし、てっきりヨット以外は馬車でご移動されていらっしゃるのかと想像をしていましたが…」と揶揄。
(魚拓)
これにはファンと思われるフォロワーらからも「恥ずかしい…」「それがいい年した大人の発言ですか?」「アタマ酸欠ですか?」などと落胆のコメントが多数付けられています。
グレタさんの意見に対して自らの立場から論理的に反論するのであればまだしも、小馬鹿にして嘲笑する大人げない態度には戦場ジャーナリストの志葉玲さんからも「炎上上等のユーチューバーみたい」と言われる始末。
なお、志葉玲さんは「ホリエモンよりグレタさんは「760万倍賢い」―温暖化防止「飛び恥」の衝撃 -」という記事を掲載し、グレタさんの飛行機を使わない「飛び恥」運動の影響の大きさについて指摘しています。
これまでの環境保護活動などから今回の野口さんの今回の発言を意外に思う人が多いようですが、過去の言動を振り返ってみるといろいろと野口健という人物を考え直さなくてはならないようなエピソードがザクザクと発掘されました。
◆放火・傷害・器物損壊など「イタズラ」三昧な少年時代
元外交官の野口雅昭氏とエジプト人の母親の次男として生まれた野口健さん。伝記や自伝に描かれた幼少時代の野口少年は決して模範的な子供ではありませんでした。
伝記「僕の名前は。アルピニスト野口健の青春」によると、父親のエジプト勤務時代に小学生だった野口さんは荒れに荒れた不良で、数々の「イタズラ」を重ねます。
・片足の不自由なエジプト人の手に巨大なかんしゃく玉を投げつける
・大使館の車のタイヤに注射針を刺してパンクさせる
・近所の車のガソリンタンクに大量の角砂糖を入れる(「はだしのゲン」参照)
・蜂の巣にかんしゃく玉をぶつけ、幼いエジプト人の子供が逃げ遅れて重傷
・サラダ油に浸したティッシュに火を付けて窓から投げ続けて放火
(「僕の名前は。アルピニスト野口健の青春」62~68ページより)
子供のヤンチャにしてもやり過ぎに見えますが、野口さんの「イタズラ」はさらにエスカレートして一線を越えます。それは小学5年生の時、食用の雀や鳩を撃つのに使う、鉛玉を撃てるライフル型空気銃「ラムセス」を購入したことによります。
野口さんはこの空気銃で雀や鳩を撃っては肉屋に売って弾丸代を稼いでいましたが、それ以外にも練習として工事中の他人の家の電灯や走行中の車の窓などを撃って遊んでいました。
しかしある時、友人たちと射撃の練習をしている時に猫の親子を見つけ、子猫の頭を撃って射殺。そのことを咎めた友人と口げんかになり、「撃つぞ」「撃ってみろよ」というやり取りの後、本当に友人の足の甲を撃って大怪我をさせます。
驚いたことに、事件当日に友人が病院に行った帰りにはまた同じ空気銃で鳩を撃っていたとされています(「僕の名前は。アルピニスト野口健の青春」75~80ページより)。
こうした荒れた小学校時代を送った後、野口さんはイギリスの全寮制の立教英国学院に入学。そこでは先輩らに因縁を付けられてよく殴られていたとのことですが、高校1年になると友人2人と共に先輩グループを個別に襲撃してボコボコにするという暴力沙汰を繰り返して停学処分になっています(「僕の名前は。アルピニスト野口健の青春」106~108ページより)。
◆セクハラに下着泥棒も
日本での短い小学校時代には、スカートめくりをしていた他の男子に混じり、好きな女の子の下着の中に手を入れてまさぐっていたというエピソードも(「僕の名前は。アルピニスト野口健の青春」55ページより)。
さらに立教英国学院時代には女性の下着を盗んでいたことも描かれています(「僕の名前は。アルピニスト野口健の青春」120ページより)。なお、この下着は後に彼女になる女性のものであったことも告白しています(「100万回のコンチクショー」123ページより)。
ここまでのエピソードはいずれも自らの伝記に描かれたものであり、自身でも語っているため、悪意を持った何者かによるデマではないということは確認しておく必要があります。
◆ネパールの貧困家庭の15歳(推定)少女と「児童婚」
そして野口さんはネパールで高地順応の際にシェルパの家に泊まっていた時、15歳くらい(出生届がなかったため詳細不明)を見初めて結婚。その経緯を_現代ビジネスのインタビュー記事「アルピニストとシェルパの娘との、世にも奇妙な「結婚生活」 」の中で自ら詳しく語っています。
エベレストに登る前、体を高地に慣れさせるために、シェルパの家に寝泊まりしていたことがあって。向こうの家では、朝早くに女性が水を汲みに行き、火をおこしてお茶を淹れるところから一日が始まります。部屋は一つでみんな雑魚寝ですから、その様子を寝ぼけながらボーッと見ていたんですね。
その家では、朝の水汲みは、当時15歳くらいの女の子の仕事で、甲斐甲斐しく働く様子にグッときて、山の上で、お父さんに「あなたの娘にホレちゃったかも」といったら、「そうか、じゃ、下りたら持っていけ」と。高地で意識がふわふわしている状態で、こっちは冗談のつもりでしたが、それが大問題で。
それで、山から下りてきたら村中が大騒ぎで、何かと思ったら「シェルパの娘と日本人が結婚するから祝っている」と。
でも、ネパールの山奥で暮らすシェルパ族には「戸籍」なんてものがないから、その女の子も出生届が出されてなかったんです。日本大使館に相談しても、国際結婚にはペーパーが必要ということで取り合ってもらえず、仕方なくカトマンズに部屋を借りてその女の子を住まわせて、自分は日本から仕送りするという、極めておかしな関係になりました。
ぼくも数ヵ月ごとにネパールに行ってました。でも、山奥の生活に比べるとカトマンズは大都会で、それなりの不労所得も入るものだから、会うたびにどんどんケバい女になっていくんですね。しかも、他に男ができたような雰囲気もあり、しばらくしてその関係は終わることになります。
(「アルピニストとシェルパの娘との、世にも奇妙な「結婚生活」 」より引用)
野口さんの言葉を見るに、少女本人との恋愛感情からの結婚ではなく、親にのみ話した上での本人の意志とは関係のない状態での結婚ということになります。
なお、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は2016年にネパールでの児童婚の問題について報告書を発表し、同国では18歳未満の少女3人に1人が結婚をしている事を指摘。
ネパールの法律では女性が結婚できる年齢は20歳なので、この結婚はあきらかに違法。そしてユニセフでは児童婚を「18歳未満での結婚、またはそれに相当する状態にあること」と定義しているため、野口さんが行ったのは違法な児童婚ということになります。
なお、このエピソードについては自伝「落ちこぼれて、エベレスト」にさらに詳しく描かれており、少女の名前はラムであること、英語が全然できなかったこと、15か16だとラムの父親が答えた事、そしてラムが学校に通えないほど彼女の家庭が貧しかったことなどが記されています。
インタビューでは「こっちは冗談のつもりでした」としていますが、こちらでは「僕は、ただただラムに会いたかった。一目惚れだった」と明言。「実は、僕はラムと結婚したいのです」と父親に告げてOKをもらった事も結婚式の様子も詳しく描かれ、その最後は「それが彼女とのはじめての夜だった」と締められています。
その後彼女をカトマンドゥの大使館に連れて行き、来日させようとしましたが頓挫。その際も戸籍がなくネパールでは15歳では結婚できないと伝えた大使館員に「それなら16歳ということにしましょう」と野口が言い「そんないい加減なことできるわけないでしょう」と一蹴されるエピソードも(「落ちこぼれて、エベレスト」184~194ページより)。
結局都会に慣れたラムは野口さんからの仕送りで豪遊生活を送って「ケバい女」になり、野口さんが求めた純朴で貞淑な女性像とはかけ離れていきます。半年後にラムさんに失望した野口さんは彼女を殴り、2年後には多額の手切れ金を払って離婚するに至っています。
この辺りのエピソードについては吉田豪さんがラジオでも取り上げており、野口さん本人から武勇伝のように語られた事も赤裸々に話しています。
◆環境保護活動を行い「環境学校」も設立していたはずが…
そんなヤンチャでは済まない少年時代を過ごし、児童婚もしていた野口健さんですが、環境保護活動家としては多くの実績を積んでいます。
7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立した野口さんは、1999年からエベレストのゴミ問題を解決するために4年連続で世界各国の登山家たちと5000m~8000mの清掃活動に尽力。その後2000年からは「富士山が変われば日本が変わる」をスローガンに富士山清掃活動を精力的に行っています。
加えて環境教育の必要性が訴えられている中で、次世代の環境問題を担っていく人材育成の必要性を痛感して、小・中・高・大学生を対象とした「野口健環境学校」を開校しています。
野口健公式サイトの記述によると、ここでは「環境の大切さを訴え、実践していくメッセンジャーを日本全国に育てている」とのこと。同時に「毎年ネパールに行っている野口はヒマラヤ地域の氷河融解に危機感を持ち、温暖化について現場からの声を積極的に訴えている」とも書かれています。
また2018年の朝日新聞の特集企画「私が変える My Revolution」では「簡単なことを、一人ひとりが自分に見合ったペースで実践すればよいのです」と述べ「個人が動けば日本が変わる。日本が変われば、きっと地球も変わります」と締めています。
温暖化に切実な危機感を持ち、自身の環境学校では環境の大切さを訴えて実践する人を育てているはずの野口さん。グレタさんの言動は、野口さんの求める環境保護活動家像に極めて近いはずなのですが…。
もちろん自身の長年の経験からグレタさんの主張の間違いを論理的に指摘し、批判する事は十分にあり得るはず。そうした議論を経る中で、より未来の地球環境に対する考え方が磨き上げられることもあるはずです。
しかし野口さんのツイートは感情的な揶揄の域を一歩も出ておらず、議論を深めるような内容でもありません。この辺りの整合性をどのように説明するつもりなのでしょうか。
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