「宇予くん」も「改憲マンガ」も、先の記事で紹介した政策集も思いつきのぽっと出ではありませんでした。
大きな反響のあった「宇予くん」と「改憲推進マンガ」、そして前記事で紹介した「日本歴史ばなし」、「共育」、「おまもりプログラム」といった一連の政策集の根源であり、集大成とも言えるものが日本青年会議所(JC)独自の「日本国憲法草案」という改憲草案です。
◆自民党案よりも恐ろしいJC版「日本国憲法草案」
2012年10月12日、第2次安倍内閣発足直前に決定版の出されたこの改憲草案を見てみると、このおよそ半年前の4月27日に決定版の出た自民党改憲草案と同一のフォーマットで書かれていることが分かります。
ですがその内容は自民党改憲草案よりもさらに恐ろしく露骨なものとなっています。まずは前文を全て引用してみます。
・前文と元首
前文
日本国は、四方に海を擁し、豊かな自然に彩られた美しい国土のもと、万世一系の天皇を日本国民統合の象徴として仰ぎ、国民が一体として成り立ってきた悠久の歴史と伝統を有する類まれな誇りある国家である。
我々日本国民は、和を貴び、他者を慮り、公の義を重んじ、礼節を兼ね備え、多様な思想や文化を認め、独自の伝統文化に昇華させ、豊かな社会を築き上げてきた。
日本国は、自主自立の主権国家としての権利を行使するとともに、責務を全うし、互敬の精神をもとに日本を含む地球上のあらゆる地域から貧困と殺戮をなくし、全世界の平和に貢献すると同時に、国際社会を率先して牽引すべき国家であると確信する。
我々日本国民は、国の主権者として、悠久の歴史と誇りある伝統を受け継ぎ、現在及び未来へ向け発展・継承させるために、五箇条の御誓文以来、大日本帝国憲法及び日本国憲法に連なる立憲主義の精神に基づき、ここに自主的に新日本国憲法を制定する。
読んで頂ければ分かるように、日本国憲法の前文にあるような理想や目的についての記述が極端に少なく、いかに日本が素晴らしいかという自分語りのために多くの分量が費やされていることが分かります。
「悠久の歴史と伝統を有する類まれな誇りある国家」「国際社会を率先して牽引すべき国家であると確信」「悠久の歴史と誇りある伝統を受け継ぎ、現在及び未来へ向け発展・継承させる」などの美辞麗句がこれでもかと並べられ、「万世一系の天皇」「五箇条の御誓文」「大日本帝国憲法」といったキーワードも登場。正直「教育勅語」がねじ込まれていないことに安堵するレベルです。
この辺りのキーワードがなぜ問題なのかというと、第1条が
天皇は、日本国の元首であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は将来にわたって不変のものである。
という驚くべきものになっているから。同じく天皇を国家元首とする自民党案ですら「その地位は、主権の存ずる日本国民の総意に基づく」としていますが、JC案ではいきなり国民主権のくだりを削除して「この地位は将来にわたって不変のもの」としてしまいました。
・軍隊保持、自衛権行使も「国会の事後承認」でOK
そして第9条に関しては「第3章 安全保障」という項目が設けられて移され、第41条と第42条が割り振られています。第41条では侵略の否認が謳われていますが、第2項では集団的自衛権の保有と行使を認めます。
そして第42条では「軍隊を保持する」と明記されます。この日本軍の最高の指揮監督権が属する内閣総理大臣は自衛隊を行使するに当たって国会の承認を得る必要がありますが、「時宜によっては事後」で構わないという恐ろしいものになっています。
つまりは緊急事態だと言っておけば、内閣総理大臣は国会の承認無しですぐに軍隊を動かす事ができてしまうのです。
自民党改憲草案も国防軍の保持を明記していますが、任務遂行に関して国会の承認を事後でも構わないなどというとんでもない話はありません。
・基本的人権の抹殺
国民の権利に絡む細かい変更は多岐に渡りますが、第8条では基本的人権は「国民の基本的な権利」と読み替えられた上に2項では「常に公の利益及び秩序を保つためにこれを利用する責務を負う」とされています。基本的人権は「侵すことのできない永久の権利」のはずですが、これが「公の利益及び秩序」を保つためのツール扱いされているのです。
第8条の3項ではこれが徹底され「国民の基本的な権利及びその他の権利については、国の安全、公の秩序の維持、及び公共の利益を損なわない限り、又はこの憲法第9条に定める非常事態の場合を除き、最大限に尊重される」とされます。
つまり「国民の基本的な権利」はもはや国家の都合によって限定的に適用されるに過ぎず、いかなる意味でも「基本的人権」たり得ない紛い物になっているということ。これはJCの改憲草案が基本的人権という近代国家の根底にある基本概念を採用していないということを直接的に意味します。
そして憲法草案の第9条は「国民は、国及び共同体の利害並びに世代を超えた利害等を、利他の精神をもって一体となり、解決する共同の責務を負う」という、どこからどう見ても国家総動員法の焼き直しとしか言えないとんでもないものになっています。この際には限定的な「国民の基本的な権利」すら尊重されなくていいことになっているのは上記のとおり。
当然ながら日本国憲法の、基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」とする第97条は完全消去されています。
・家族への執着と家父長制への回帰
第22条では婚姻と家族に関する原則が示され、「家族は、共同体を構成する基礎であり、何人も、その属する家族の維持及び関係の強化に努めなければならない」という項目が新設されています。一言で言うなら大きなお世話であり、家族というプライベートな単位のあり方に国家の最高法規が口を挟むべきではありません。
離婚はもちろん虐待やDVなど、家族という単位で極めて重大な結果をもたらす犯罪が多発しているのは周知の事実ですが、憲法にこうした家族間を無理矢理入れ込むことがより悲惨なケースを増加させることは間違いないでしょう。
そして2項の婚姻に関する記述では「両性の合意のみに基づいて」から「のみ」が削除され、「夫婦が同等の権利を有することを基本として」という部分が削除されています。小さな言葉遣いの問題に見えるかもしれませんが、明らかに家父長制への回帰を望む変更であり、おいそれと看過できるものではありません。
・拷問の禁止すらも全削除
自民党改憲草案で日本国憲法第36条の「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」という条文から「絶対に」が削除されていたことは大きな問題となりましたが、JCの改憲草案ではなんとこの条文全てが削除され、「拷問や残虐な刑罰」自体が禁止されていません。
同時に「拘留された時に弁護人を依頼する権利」「令状無しでは家宅捜索を受けない権利」なども削除されており、どこの中世国家へと逆戻りしようというのかという話になっています。
警察官による唖然とするような犯罪や不祥事のニュースは現代日本でも途切れることなく報じられ続けていますが、こうした状態を見れば警察を縛る鎖を解き放つことでどれだけの横暴や犯罪が行われるか、火を見るよりも明らかでしょう。
・立憲主義への理解がゼロ、「国民の責務」を多発
JCの改憲草案では上記の第8条、第9条のみならず、うんざりするほど国民に対して「ねばならない」「責務を負う」といった条文が乱発されます。
第26条では「国民は、その受けた教育の成果を活かして、社会貢献に努めなければならない」第27条では「国民は、我が国の歴史、伝統及び文化を尊重し、子孫に継承する責務を負う」、財産権に関する第30条の3項では「国民は、いかなる場合においても、国益を損なうような財産権の行使をしてはならない」と来ています。
さらには第31条では「国民は、日本国の主権を保持するため、領土、了解及び領空を保全する権利及び責務を負い、国は、その義務を負う」となっています。なぜここで「権利」が出てくるのかは不明ですが、国防にまで責務を負っていると憲法にまで明記するという徹底ぶりです。
この辺りの論調を見ると、この改憲草案を作ったJCは憲法が国民ではなく国家権力を縛るための鎖であるという立憲主義をこれっぽっちも理解しないまま、「ぼくのかんがえたさいきょうの『けんぽう』」を作ったことがよく分かります。
憲法とは、王政を打倒し民主主義的な政府を作る過程において、王政時代のような統治権力の横暴を繰り返させないために市民がそれをコントロールするために定めたものであり、それが立憲主義であるって、誰かに教えてもらわない限りは分からない。 pic.twitter.com/SJCdEe5grx
— ばたお (@BATAO_Hetare) 2015年5月1日
前文は「日本歴史ばなし」に、安全保障は「おまもりプログラム」に、家族に関する原則は「共育(という名の親学推進)」と密接にリンクしていることがよく分かりますし、愛国を声高に叫ぶ差別と排外主義にまみれた自称保守界隈との親和性の高さについては言及するまでもありません。
そしてJCの持つこうした主義主張が自称保守界隈の差別や排外主義と結びついた結果として産み出されたのがあの恥知らずなキャラクター「宇予くん」だったという訳です。ゆえに、この「宇予くん」は単に担当者の暴走などでは決してあり得ず、JCの性質そのものの表れとみるしかありません。
◆「宇予くん」の成り立ちの再確認してみましょう
「宇予くん」の存在が描かれていた出どころ不明の「工程表」に話を戻しますが、この時点で既に「宇予くん」は憲法改正をはじめとする歴史や愛国心など保守的なことを面白くつぶやく」ことに加えて「対左翼を意識し、炎上による拡散も狙う」という運用が想定されています。
そして対左翼炎上狙いのつぶやき事例としても「憲法9条のおかげで戦争が起きないって言ってるやつ、頭おかしいど。おでのムキムキ筋肉パンチで葬り去るど。」などと護憲派を「頭おかしい」と誹謗中傷し、「おでのムキムキ筋肉パンチで葬り去る」などと攻撃予告までしています。
また、「宇予くん」産みの親であるJCの憲法改正推進委員会は「炎上拡散も視野に入れたTwitter発信」についてネット系コンサル会社にヒヤリングを実施。
その内容をまとめた議事録では差別主義者として全方位的に批判を浴びているはすみとしこのイラストを「『正しいことだけど、それ言っちゃう?』ってやつを絵とともにツイート」の例として掲示しています。
実際の「宇予くん」のつぶやきを見れば、明らかに上記の方針に従って改憲を推進し、炎上上等の手法で左翼を煽っていることがよく分かります。
宇予くん:"何だこれ。平成三十年一月八日のガイキチ朝日新聞。戦争での辛い記憶を書き綴り、だから憲法改正はダメと言いたげな頭の悪い記事。戦争なんて誰もしたくないど。戦争しないよう抑止力のため九条を改正するんだど。#朝日新聞 #憲法改正 #戦争 #改憲 #改憲反対 "
宇予くん:"街で左翼の若手エースの山本太郎を発見。山本太郎も聞き入ってる聴衆も救えないアホだど。変なパンフを配ってたどww。パンフの中身は洗脳まみれで、ここまで洗脳されて熱心な姿からは憐れさしか感じないど。#山本太郎 #洗脳 #モリカケ問題 #安倍首相 #安倍は辞めろ "
宇予くん:"平成三十年一月七日のしんぶん赤旗。完全に論理破綻だど。なんで九条の改憲で戦争が始まるのか謎だど。改憲も解散も安倍さんがやることは全部否定の頭の悪さを何とかして欲しいど。こんな新聞を読んでたら頭が狂うど。さて、肉でも食うど。#しんぶん赤旗 #憲法改正 #憲法9条 #憲法…"
宇予くん:"一月八日のしんぶん赤旗。写真にある「戦争をやめよう」のキャッチコピー。何で改憲が戦争することになるのか不明だど。左翼の論理はメチャクチャだど。洗脳って怖いど。戦争をしたくなくて、平和のための改憲なんだど。#安倍9条改憲NO #憲法 #憲法改正 #憲法9条 #日本共産党"
もちろん「派手なこと、あほなこと」には整合性など必要はなく、単に読み手の感情をその時に煽ってバズらせればいいだけですから、「戦争をしたくなくて、平和のための改憲なんだど」としながらも平気で以下のようにもつぶやきます。
宇予くん:"中国、韓国は自分たちを棚に上げて、日本だけに文句を言って来てるど。一言で言うとバカだど。中国は世界の嫌われ者。韓国は中国の舎弟。日本はこのバカ二国と国交断絶、もしくはミサイル爆撃したほうがいいど。#中国共産党 #中国人 #中国 #韓国 #韓国人"
なお、JCのトップである会頭を現在努めている池田祥護氏による「意見書」に目を通し、2018年1月21日の京都会議の新年式典会頭スピーチを聞いてみると、このような性質が一部の末端のみならず、トップにまで浸透していることがよく理解できます。
2018年度京都会議 新年式典 会頭スピーチ - YouTube
ということで、今回の「宇予くん」に関する炎上が決してひとりの担当者の尻尾切りで終わりにしてよい問題ではないことがご理解頂けたと思います。この方針はJCという組織そのものの体質であり、当然ながら公益財団法人という公益を代表するべき法人としては不適格だと言わざるを得ません。
日本青年会議所(JC)は即刻この公益財団法人という資格を返上し、右翼団体として再出発すべきではないでしょうか?
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