【ファクトチェック】「 #検察庁法改正案に抗議します 」に沸き上がった反論の妥当性を考えてみた



1日で470万件を超えるツイートがあったハッシュタグ、「 #検察庁法改正案に抗議します 」。三権分立を脅かす極めて危険な法改正に普段は政治的な発言を行わない著名人を含む多くのアカウントが反応しました。

それからひと晩経ち、このハッシュタグへの反論がいくつか出現してきたため、それらの妥当性を考え、ファクトチェックしてみることにします。詳細は以下から。


◆黒川検事長の「脱法」定年延長問題のおさらい
・黒川弘務東京高検検事長とは何者?
ざっと問題をおさらいしましょう。まず話題の中心となっている黒川弘務東京高検検事長とはどういった人物なのでしょうか。

黒川検事長は「官邸の用心棒」と異名を持つほどに菅官房長官らをはじめとした現政権にベッタリで、安倍政権絡みの犯罪を片っ端から不起訴としてきた指摘される人物。

立憲民主党の本多平直議員は国会質疑で黒川検事長が不起訴にした事件として小渕優子元経産相政治資金規正法違反ドリル問題、松島みどり元法相うちわ選挙区配布問題」、甘利明元経済再生担当相UR都市再生機構への口利き疑惑、下村博文元文科相加計学園パーティー券200万円不記載その他諸々、佐川宣寿元国税庁長官以下37名森友学園での公文書改竄問題を挙げています。


安倍政権での閣僚経験者らの名前がずらりと並んでいる上、森友学園、加計学園の名前も挙がっていることにご注目ください。

・安倍政権が法解釈を「口頭決裁」で変更してまで黒川検事長の定年を延長
そして安倍政権は2020年1月31日、2月8日に63歳となる黒川検事長の定年を8月まで半年間延長することを閣議決定しました。

検察庁法では検事総長の定年が65歳、高検検事長を含む検事の定年を63歳と定めていましたが、安倍政権は法解釈を突然、前代未聞の口頭決裁で変更した上で閣議決定してしまったのです。

8月には検事総長の人事が行われるため、それまで黒川氏が在任させることで検事総長という検察トップの座への道を官邸が切り開いたことになります。

安倍政権がこの口頭決裁での法解釈変更の根拠としたのは国家公務員法ですが、特別法である検察庁法はこれに優先するため、この時点で多くの弁護士会がこれを違法のため無効とし、撤回を求める声明を出しています。

当然ながら、政権絡みの多くの犯罪を不起訴にしてきた「官邸の用心棒」を続投させるこの閣議決定は、あらゆる意味で無理筋過ぎたため多方面から批判が殺到。野党は根拠なき法解釈の変更による人事が「検察の中立性に対する信頼を失う」として激しく批判しています。


・検察庁法改正案の提出で定年延長の「合法化」へ
こうした批判を受け、安倍政権は内閣の判断で検察幹部の役職定年を延長できるようにする検察庁法改正案を提出し、黒川氏の定年延長の「後付け合法化」を目指す方針を示しました。

この法案は「検察官の定年を63歳から65歳に段階的に引き上げる」、そして「63歳の段階で(検事長などの)役職定年制を採用」するというもの。それ自体は高齢化社会への対応として一見妥当に見えますが、大きな問題が以下の部分。

改正案22条(編集部注:95ページを参照)には、内閣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案し」「公務の運営に著しい支障が生ずる」と認めるときは、その後も当該官職で勤務させられるものとするとあります。

さらに、検事総長や次長検事及び検事長が65歳の定年に達した場合にも、同様の事由により当該官職で引き続き勤務させられるとし、これらの更新も可能としています。

これにより、内閣が認めさえすれば63歳を超えても検事総長や検事長といった役職で続投できるうえに、65歳になっても同様に定年を延長して続投できるようになります。

要するに、これは決して単なる検察官の定年延長の話ではなく、内閣に都合のいい検察トップをいつまでも在任させることを可能とする「勤務延長」が盛り込まれた改正案ということ。

この件を「検察官の定年延長」のみの問題として論ずることは明らかな間違いであり、意図的であればミスリードです。

共産党の山添拓議員がこの件について国会で質問していますが、森法相からも安倍首相からも満足な答弁は得られていません。


この法案が提出されるにあたり、4月6日に日本弁護士連合会の荒中会長も法の支配と権力分立を揺るがすものだとして閣議決定の撤回と法案への反対を訴える声明を出しています。

なお、この点に関しては「TBSサンデーモーニング」での青木理氏の解説が極めて分かりやすいため、公式動画を掲示します。


こうした多くの反対にもかかわらず、この法案の委員会審議は5月8日に与党が強行する形で始められました。野党側は、森雅子法相の出席が必須と求めていますが、与党は応じず松本文明衆院内閣委員長(自民)が職権で委員会開催を決定。

国公法を扱う内閣委員会のみで審議し、武田良太国家公務員制度担当相に答弁させる方針で、週明けの委員会で強行採決も辞さない構えです。

・こうして「#検察庁法改正案に抗議します」が爆誕
今回のハッシュタグ「 #検察庁法改正案に抗議します 」が1日で470万件を超えるツイートを集めた背景にはこうした経緯が存在しています。

不思議なことに、このハッシュタグに対抗するように作られたのは#検察庁法改正案に興味ありませんというものでした。

ツイートでも「お前ら改正案読んでるのか?」「大騒ぎすることじゃない」といった相手をくさしたり「ただの検察官の定年延長の話で高齢化社会への対応だけど?」といったミスリードばかり。

無理筋過ぎるためか積極的な賛成理由を述べるツイートがほぼ見当たらない異例な事態となっていましたが、5月11日なって多少なりとも反論と呼べそうなものが出てきたため(とはいえ「賛成論」はほとんどありません)、その妥当性についてファクトチェックしてみます。

◆「黒川検事長の定年延長と改正案は別問題」という反論
・2019年の改正案から大きく変化しており、別問題とは言えない
反論のひとつとして出てきているのが、黒川検事長の定年延長と検察庁法改正案は別物であるというもの。

確かに前者は無理筋な法解釈の「口頭決裁」の上での閣議決定という、これ自体でアウトな案件であり、以前から議論されていた検察官の定年延長に関する検察庁法改正案は一見別物に見えます。

ですがこの検察庁法改正案は、2019年の案では検察官の定年を65歳に引き上げるものの、63歳に達した後は検事長や検事正といった要職には就けないとするシンプルなものでした。

山添拓議員の国会質疑では、2020年1月の法解釈変更後に改正案22条(編集部注:95ページを参照)の条文が大幅に加筆修正されたと内閣法制局長官が明言しています。


つまり時系列から言えば、検察官の定年延長のみを定めていた2019年版の条文が、前代未聞の「口頭決裁」での無理筋の法解釈変更により黒川検事長の定年延長が閣議決定された後、内閣の裁量による「勤務延長」が盛り込まれたことになります。

これらを単なる偶然でまったく無関係と主張するのはあまりにナイーブに過ぎるでしょう。

・別問題であっても内閣が人事を掌握するため極めて危険な法改正
なお、この法改正案は安倍政権と黒川検事長の蜜月という現状を取り払っても極めて危険なことには変わりがありません。

むしろ、総理大臣を逮捕することも可能な検察庁のトップの人事に内閣が介入し、子飼いの検察官を検事総長として長期に君臨させられる仕組みが恒久的に組み込まれることが何よりも危険です。

例え安倍政権が清廉潔白だったとしても、今後私利私欲に走り犯罪を繰り返す「ならず者内閣」が誕生した際には、この法律が自らに検察庁の捜査が及ぶことを防ぐ使い勝手のよい道具となってしまうのです。

繰り返しになりますが、検察官の「定年延長」と内閣の裁量での「勤務延長」は全く別問題であることは忘れてはなりません。

◆「この法改正の施行期日前に黒川検事長は定年になるから無問題」という反論
・検察庁法改正案の附則の記述について
反論の別のパターンは、検察庁法改正の施行期日が2022年(令和4年)4月1日であることから、黒川検事長が65歳になる2022年2月8日には定年となっているため、この改正案で黒川検事長の定年延長や勤務延長を行うことはできないとするもの。

なお大前提として、すでに定年延長された黒川検事長が2020年8月に検事総長に就任してしまう可能性があることは指摘しておきます。

その上で、この施行期日が示されているのは改正案の第十一の附則の一の部分。ここでは

この法律は、令和四年四月一日から施行するものとすること。ただし、二及び四は公布の日から施行することとするほか、必要な施行期日を定めるものとすること。

国家公務員法等の一部を改正する法律案要綱より引用)


となっています。この二と四というのが改正案の条文の「第二」と「第四」を指すのか、それとも附則の「二」と「四」を指すのかについて混乱が生じ、「第四」で定年延長を含めた「所要の規定の整備を行う」こととされていたため物議を醸しました。ただしこれは誤読であるとの指摘もあるため、附則の方を見てみると、こちらも

第四による改正後の検察庁法に規定する年齢が六十三年に達した検察官の任用に関連する制度について検討を行い、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとすること。

国家公務員法等の一部を改正する法律案要綱より引用)


となっており、「第四」に関連する制度の検討を行ったうえで、結果に基づいて「所要の措置を講ずる」とされています。要綱でなく改正案そのものを見ても、附則第一条で

この法律は、令和四年四月一日から施行する。ただし、第三条中国家公務員退職手当法附則第二十五項の改正規定及び第八条中自衛隊法附則第六項の改正規定並びに次条及び附則第十六条の規定は、公布の日から施行する。

国家公務員法等の一部を改正する法律より引用)


となっています。そして附則第十六条では

新検察庁法に規定する年齢が六十三年に達した検察官の任用に関連する制度について検討を行い、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

国家公務員法等の一部を改正する法律より引用)


と、要綱とほぼ同じ内容となっています。結局どちらにせよ、公布日から63歳に達した検察官の「任用に関する制度」の検討が行われ、その結果に基づいた「所要の措置」が講じられることになります。

・法解釈の幅そのものの問題
そもそも政府の法解釈自体が「口頭決裁」によって変化させられてしまっている時点で幅の議論をする意味があるかについては疑問も残りますが、ここで指摘しておきたいのは法律の条文自体の解釈の幅、つまり恣意性です。

「任用に関する制度」とは何か。そして講じられる「所要の措置」とはどこまでのものなのか、極めてあいまいでどのようにでも解釈できる文言がここでは使われています。

あいまいな文言で法解釈に幅を持たせる運用が日本の法律でこれまで散々行われてきたことは改めて言うまでもありません。

BUZZAP!では以前ダンス規制撤廃を求めた風営法改正に関して多くの記事を掲載しましたが、その際に警察庁が改正案に滑り込ませた遊興という文言のあいまいさは改正風営法自体を極めて危険なものとしました。

「遊興」は「営業者の積極的な働きかけにより客に遊び興じさせる行為」全般とされ、警察が「遊興」だと思ったものすべてが対象となり、改正後には老舗クラブの摘発などに繋がる結果となりました。

このように、法に解釈の幅が残されることで、法を執行する側にとってはいくらでも恣意的な運用が可能となります。

この法改正で黒川検事長の定年延長が可能かどうかを現時点で確定的に指摘することはできません。そして、その指摘できない法解釈の幅が残されていること自体が危険だということは認識する必要があります。

なお、附則については今後法案成立までに新たに付け加えることも可能。与党が審議を強行し、黒川検事長の定年延長を確定させる附則を加えた上で強行採決する可能性も十分にあるということです。

◆「検察官の定年延長は民主党政権が決めたこと」という反論
もはやおなじみとなった民主党政権に責任を負わせるというお決まりのパターン。これについては2018年(平成30年)に人事院の出した定年を段階的に65歳に引き上げるための国家公務員法等の改正についての意見の申出のポイントという資料を見てみましょう。

(参考2)の「国家公務員の定年の引上げをめぐる検討の経緯」を見ると、この議論が始まったのは2008年(平成20年)6月のこと。国家公務員制度改革基本法により、定年の段階的引き上げについて政府が検討する旨を規定しています。


2008年6月の総理大臣は福田康夫氏であり、当然ながら自民党政権です。その後2011年(平成23年)9月に人事院は意見の申出を行っていますが、これは福田内閣時代の基本法に基づいて正常に検討が進んでいるという話に過ぎません。よって、この定年延長を民主党政権が決めたというのは完全なデマとなります。

【次の記事】
いろいろファクトチェックをしてきましたが、なんとあっさりと法務省が「黒川氏は68歳(2025年)まで検事総長として君臨できる」ことを認めてしまいました。国会議員の問い合わせに対する回答であるため、名実ともにこれが公式見解となります。

「黒川氏は68歳(2025年)まで検事総長として君臨できる」法務省が公式見解 | Your News Online

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