30年間逃げ続けた脱獄囚、新型コロナで困窮してホームレスになり自首



確かに寝床と食事は確保されますが…。詳細は以下から。

1992年8月1日の夜、大麻栽培で3年半の刑期で投獄されたDarko Desicさんは、13ヶ月の服役の後にオーストラリアのニューサウスウェールズ州、グラフトン矯正センターから弓のこの刃とボルトカッターを使って脱獄。


その後29年間、警察当局はDesicさんを発見することはできずに現在に至りました。

ですがニューサウスウェールズ州が新型コロナのパンデミックでロックダウンされていたある日、Desicさんは自ら警察署に出頭したのです。



旧ユーゴ生まれのDesicさんは脱獄後にシドニー北部のビーチに落ちのび、建築作業員や便利屋として生計を立ててきました。


いつもひとりで絶対に過去については喋らず、運転免許を取れないためどこにでも歩いて行きました。そして医者や歯医者も29年間避け続けるという文字通りの逃亡生活を送ってきました。

そこまでしたのは、実は過去に「Australia’s Most Wanted」というテレビ番組で、Desicさんをシドニーの北で見たという目撃談が流れて非常に神経質になっていたため。

ですがDesicさんが知らないうちに、脱獄から20年後に脱獄囚の身分は消滅していました。また入国管理局も発見を諦めて2008年にはDesicさんの居住権を認めていたのです。

Desicさんが最も恐れていたのは脱獄の罪で祖国に送還され、軍役逃れの罰を受けることだったのですが、いつの間にかその心配はなくなっていました。


とはいえ、その日暮らしの日雇い労働者として生きてきたDesicさんはパンデミックで仕事がなくなり、家賃を払えなくなりました。そのためビーチで寝起きするホームレスになるしかなく、最終的に刑務所の方が「よっぽどマシだ」と考えて出頭することを決意したのです。


とある日曜日の朝に出頭したDesicさんは、矯正施設からの脱獄の罪で保釈なしで投獄されることに。これはDesicさんが望んだ状況ですが、彼が30年間暮らしてきた地域のコミュニティは彼を助けようと運動を開始します。

クラウドファンディングでは300万円近くが集まり、シドニー北部の有力者はDesicさんのために有名な弁護士を機用。コミュニティの人々もDesicさんが真面目に働き、他人に害を及ぼさない人間だと主張して応援しています。

こちらが出頭を伝えるニュース番組の映像です。

Darko 'Doug' Desic hands himself into police after escaping jail 30 years ago _ 7NEWS - YouTube


Desicさんは現在、残りの1年1ヶ月の刑期を務めあげている最中ですが、これに脱獄の罪で最大7年が科される可能性があるとのこと。

果たしてコロナ禍が過ぎ去った時、Desicさんは娑婆に出られているのでしょうか。

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