2月22日の高須院長と田中事務局長によって行われた記者会見。リコール署名偽造事件の真相は語られませんでしたが、前後の河村市長の発言やこれまでの経緯と併せて考えるといろいろ見えてくるものがありました。まとめてみます。
【前記事】「事務局は指示してない」田中リコール事務局長が大ウソ→事務局メンバーが依頼して名簿持ち込み作業立ち合いもしてました | Your News Online
◆リコール運動の「首謀者」は誰なのか
あいちトリエンナーレでの展示をきっかけとした大村知事リコール運動の代表となったのは、名実ともに高須克弥院長。自身でも「河村氏が首謀者」とのツイートに「僕が首謀者です僕はいつも正々堂々です。逃げも隠れもしません」と反論するなど、自らが責任者である旨をこれまでも繰り返し明言してきました。
ですが2月22日の会見では「大村知事のリコール運動の応援を頼まれてお供しますと当日会場に行ったら河村市長はいなくて僕が代表になっちゃった。僕は応援団長だと思っていたのに河村市長がその位置に付いた」(会見動画22:00頃から)と発言。あくまで河村市長のリコールに自分がお供として乗ったつもりだったとの立ち位置を力説します。
その上で、河村市長に「僕は素人なんです。署名簿の集め方も選挙の仕方も何も聞いてません」と言っても「でも素人でも大丈夫だ。わしは前に(リコールに)成功したことがあるから大丈夫だ」と「(河村市長が)おっしゃったから、全力で応援しますとしっかり約束しました」(会見動画23:50頃から)と経緯を述べています。
実際に2020年6月2日のリコールの会発足会見の場でも同様のことを述べており、当日まで河村市長が代表になると認識していたことはどうやら本当のようにもみえますが…。
この高須院長の語る経緯を信じるなら、河村市長は自身の10年前の2011年名古屋市議会議員選挙に関してリコールを成功させたノウハウがあるから、素人の高須院長がいわゆる「神輿」として代表に就いても問題ないと説得したことになります。
ただし、リコールの会発足会見前日の2020年6月1日に共同通信は「高須院長が代表としてリコール運動を起こす」と報じています。
美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が愛知県の大村秀章知事の解職請求(リコール)運動を起こすことが1日、分かった。愛知県庁で2日に記者会見すると発表した。芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」を開催した大村氏の対応を問題視しているとみられる。
リコール運動を担う団体として高須氏が代表を務める政治団体「愛知の未来をつくる会」を立ち上げ、2日に愛知県選挙管理委員会に届ける方針も明らかにした。
(高須氏、愛知知事リコールへ活動 「不自由展」巡り対応を問題視 | 共同通信より引用)(魚拓)
こちらの記事は高須院長本人も同日にツイートしていますが、寝耳に水のはずの代表就任との内容には何の反論はしていません。
いずれにせよリコール運動に関し、高須院長は一貫して「僕が首謀者です」「僕は大村愛知県知事リコールの責任者」との立場を明示してきましたが、今回の会見でそのトーンが変化してしまっている様子が伺えます。
◆河村市長は「選管と高須さんで解決して」、12月頭の段階で
さて、高須院長がもともとは代表となるはずだったとする「首謀者」の河村市長は自分の立ち位置をどのように考えていたのでしょうか。
リコールの会発足会見にも同席した一流ジャーナリストの有本香氏は10月24日の記事で河村市長と高須院長の街頭での精力的な活動を「未来の愛知と日本のため」「体を張った闘い」「老体にむち打って街を駆けずり回り」「激闘に、今後も刮目(かつもく)したい」と激賞し、「年寄りが命懸けで頑張っている」姿に「思いもよらず感動した」と心中を明かしていました。
ですが2020年12月1日の名古屋市会本会議において、横井利明名古屋市議にリコール運動で不正署名が見つかった件について質問された河村市長は「選管と請求代表者、なかんずく高須さんの間で解決してください」と素知らぬ顔で突き放してしまいます。
注意が必要なのは、この質疑はまだ佐賀での署名偽造が判明するよりもずっと前どころか、リコール参加者らが「不正な署名多数」との記者会見を行った12月4日よりも前の段階での話ということ。不正署名疑惑の出た11月4日以降、河村市長と高須院長の共闘関係が急速に冷え込んでいった様子が見て撮れます。
なお、この際に横井市議は名古屋市選管に確認した内容として(市議会動画44:40頃から)「私が1000人分署名したとして有効になるのか」との質問に事務局は「私たちは筆跡鑑定はできない」ため「有効」になると回答されたことを指摘。
加えて「10年前に(2011年名古屋市議会議員選挙絡みで)流出した署名簿を見た。なんと同じ筆跡の署名がいっぱい並んでいるんですよ。これが有効だったことがよくわかった」と述べています。横井市議は続けて
それがまた今回、輪を掛けて起こってしまったことに大変な驚きを感じている。他人の名前を無断で利用して膨大な数の署名を行っても有効となるという、選挙管理委員会の盲点を知り尽くし、また多数の名簿を有する者が今回の直接請求制度を悪用して組織的に行った可能性が否定できないと思います
河村市長は今回の署名を前面に立って推し進めてきましたけど、そういう人の心当たりはないか。
と火の玉ストレートの質問を投げかけます。これに対して河村市長は
ここ議会だでね。議会で真実が分からんことをね。こんなほんとか嘘か分からんことを取り上げて議事録に残すのはいかんと思う。断言しとくけどうちの事務所とかはありませんしあり得ません。あり得ませんからもうもうやめてもらわんといけませんよ、こんなことで問題にすることになると…。
と半ばムキになって否定、真摯にリコール活動に邁進した市民らに対して酷い言い草ではないかと横井市議にたしなめられています。
加えて2月22日の会見で高須院長が河村市長から「リコールをしたいので手伝ってほしい」と述べたことに対し、河村市長は「こちらが把握している事実と異なる」と述べて自身の依頼でリコールを始めたとする高須院長の主張を否定しています。
◆維新の田中孝博事務局長と「発注書」
さて、このリコール運動の中心にいるもうひとりの重要人物、田中孝博事務局長についても見ていきましょう。
高須院長は会見で「事務局・事務局関係者の関与は無いか?」という質問に対して「事務局長を信じます。事務局長を信じないで組織は動きません。何で信じるかというと、河村市長が紹介した人材なんです」(会見動画21:00頃から)と回答。田中氏を事務局のトップを据えたのも河村市長の主導との認識を示しています。
なお以前も指摘しましたが、田中孝博事務局長は過去に愛知県議会議員を2期務めた経験を持ち、現在は維新の会愛知県第5区選挙区支部長であり、日本維新の会から次期衆院選への立候補を予定している人物。
また2019年には河村市長が党首を務める減税日本公認候補として愛知県議会選挙に立候補(落選)しており、選挙公報には「河村市政と愛知県政をつなぐ男」「河村たかし猛烈応援!」の文字が踊ります。
つまり、田中事務局長は河村市長に近く愛知県政に詳しい上に、維新の会にも所属しているという今回のリコール運動のハブ的な存在ということになります。
こうして自分の息のかかった元地方議員を事務局という実務方のトップに据えた事実がある以上、河村市長を単に「外野からエールを送ってきただけの応援団長」と見ることはできません。
なお田中事務局長に関しては、リコール事務局幹部の名で広告会社に数百万円の発注書が出されていたことが既に明らかになっており、愛知県警に押収されたと見られています。
田中事務局長は会見で「依頼もしていないし、発注書も出していない。佐賀にも行っていない」と否定していますが、高須院長は20日時点で「リコールの会事務局には事務局長以外の幹部なんかいません。何者かな?」と述べており、高須院長の言葉が正しければ田中事務局長名で発注書が出されていることになり、ここに齟齬が生じます。
本件に絡み、高須院長は会見中に発注を受けたとされる広告会社の山口氏に突然電話を掛けています。本人から佐賀の偽造署名を同社から注文したかについて以前高須院長に「自分は関係ない」と言ったことの確認を取ろうとしました(会見動画1:20:03から)が、「捜査中だから話せない」と突っ返されています。
◆署名偽造の「名簿」の出どころは?
さて、署名偽造における発注書と並んで大きな問題となるのが、書き写す元となった名簿がどこから来たどのような名簿なのかということ。本件は大勢の愛知県民の個人情報が含まれた名簿が大規模な組織犯罪に用いられるという極めて深刻な事態です。
これに関しては河村市長が自身の事務所が管理する約3万人分の名簿をリコール事務局に貸し出したことを2月22日の定例記者会見で認めました。
その名簿は2011年名古屋市議会議員選挙に絡むリコール受任者約3万人分のもので、これを元にリコール事務局が受任者募集のはがきを出したとのこと。
こうした名簿は政治活動において個人情報保護法の適用はないため違法ではなく、これまでも国政選挙や地方選挙で応援を求める際に利用してきたと河村市長は述べています。
ただし、偽造された署名は「地番が全部ずっと順番に出てくる」ことから、それが揃っていない自分の事務所の所持する名簿が流用されたものではないと述べています。
もちろん、そうした名簿が貸し出しなどの最中に何らかの形で「流出」した後に電子化されれば、いくらでも住所でのソートは可能となります。また名古屋市以外の署名でも多数の偽造が存在しているため、河村市長の事務所が貸し出した名簿が偽造署名に用いられたとは言えません。
とはいえ、愛知県議会で最大13人の議員を輩出していた減税日本党首の河村市長と、自身も県議会議員を2期務め、現在は維新の会に所属する田中事務局長という政治のプロのつてがあり、名簿の貸与が違法ではない以上、そうした古い名簿が流用された可能性は十分にあります。
これは23日に朝日新聞が報じた、提出された署名簿のうち8000人が既に死去していたという事実も傍証となります。
もちろん名簿を貸すことが合法であれ、それを用いて署名偽造を行えば重大な犯罪であることは言うまでもありません。
◆「クラウドファンディング」で集めた資金の行方は?
署名偽造の最後の大きな問題が資金です。既に数百万円分の発注書が存在していることは確定しており、これに加えて会場費や印刷代、輸送費や消耗品代など少なからぬ諸費用が発生しています。
いったいこれをどこの誰がどの財布から出したのかという流れを知る必要がありますが、これに関してはクラウドファンディングに参加した当事者らから批判が噴出しています。
まずリコール事務局は2020年8月からクラウドファンディングを開始し、高須院長も「目的達成のための資金調達運動」として呼び掛けています。
10月5日に高須院長は「クラウドファンディング5000万円もリコール署名者100万人も過半数達成しそうだ」としており、これが本当であれば2500万円近くを集めたことになります。
ですが高須院長がリコールから「撤退」を表明した1週間後の11月15日に「愛知県のボランティアの皆さん、支援してくださった僕のフォロワーの皆さん。クラウドファンディングで資金援助をしてくださった皆さん。僕を支えてくださった事務局の皆さんに感謝の念を送ります。さようなら。」と述べたのを最後に、収支やその使途についての報告はありません。
その後クラウドファンディングに参加した当事者らから、収支や使途を報告するようにとのリプライがツイッター上で多数送られていますが、高須院長はこれらすべてを現在に至るまで完全に無視し続けています。
参加した当事者からすれば、集まった資金がどのように使われたのかを知りたいのは当然のことですし、自分の出したお金が組織犯罪の資金源になってしまったとすれば極めて由々しき事態です。
いずれにせよリコールの会は政治団体のため、2021年の3月末までに収支報告書を総務省に提出する義務があります。クラウドファンディングでいくら集まり、何に使ったかも全て正しく報告されるはずですが、どうなるでしょうか。
ということで、リコール署名偽造事件の真相は現時点ですべてが明らかにされたわけではありません。それでも署名偽造に関する発注書は既に押さえられており、名簿や資金の問題も明るみに出されざるを得ないことになります。その時に浮かび上がってくるのが果たして誰であれ、民主主義を踏み躙ろうとする組織犯罪の「首謀者」として厳しい断罪を免れることはできません。
最後にネットで話題になっている高須院長の会見での発言「新しく(リコール)やるとしたら今度こそ勝てると思います!こんな卑怯なことしなくても……卑怯なことやってませんけど」(会見動画1:31:05から)の存在を紹介しておきましょう。
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